浄土真宗本願寺派 甘露寺

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甘露寺

TEL 0228-32-4513
FAX 0228-32-4857

〒989-5501
宮城県栗原市若柳字川北塚原
427-6

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寺伝

明治十五年頃、旧 栗原郡北部の門信徒は、称念寺歴代の住職及び幾多の人々教化伝道によってご縁をむすばれ、旧 若柳町新町平塚清兵衛宅に「道場」が開設されていた。明治三十五年に本願寺布教使井上安祥師を中心に門信徒とともに同町元町九番地の土地を買い求めて本願寺説教所を設立し、柴田宣照、龍原孝順、楯玄一の各師により御法義相続が勤められた。柴田宣照師は当地に寺院建立を願い、北海道に開設した寺院を長子宣妙に譲り、来町して各方面に働きかけるも、宗教政策により許可されず苦慮していた。そこで弟の称念寺住職柴田宣海師と図り、同寺内「甘露寺」移転を画策した。

そもそも甘露寺は、明応七年に蓮如上人が病重しと聞き、称念寺第七世無為住道順がお見舞いに参上したところ大層喜ばれ、御本尊を拝領、そこで寺内に「味妙山甘露寺」と号する一字を建立して賜りたる御本尊を安置し、称念寺住職隠退寺としてきたものである。

宗教政策厳しく移転も難しかったが、時の内大臣清浦奎吾伯爵との縁により、大正九年四月十日に宣海師へ元町移転が認められた。その後、住職は宣照、宣妙と引継がれたが、昭和の本向坊と呼ばれた十九世宣妙は、富山別院副輪番の時、昭和十二年五月三十日、火災で宝物物を運び出しながら殉職した。昭和十五年に堀本幸信が住職となり、伝道の範囲を東北新生園、鶯沢町に伸し、門信徒と図って十ヶ年計画を立て、寺院移転、本堂、客殿、庫裡等の建築及び境内整備、墓地等拡張を行い、昭和五十七年八月二十六日、前門主勝如上人様お立ち合いのもと、二十一世堀本英信継職奉告法要を勤め、現在二十二世堀本教信が継職。

甘露寺イメージ

浄土真宗について

浄土真宗教章

宗 名浄土真宗
宗 祖 親鸞聖人
(ご開山)ご誕生 1173年5月21日(承安3年4月1日)
     ご往生 1263年1月16日(弘長2年11月28日)
宗 派 浄土真宗本願寺派
本 山 龍谷山本願寺(西本願寺)
本 尊 阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
聖 典 ・釈迦如来が説かれた「浄土三部経」「仏説無量寿経」「仏説観無量寿経」「仏説阿弥陀経」
・宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教「正信念仏偈」(『教行信証』行巻末の偈文)
 「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」
・中興の祖 蓮如上人のお手紙「御文章」
教 義 阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏をなり、迷いの世に還って人々を教化する。
生 活 親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、
つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、
現世祈祷などによることなく、御恩報謝の生活を送る。
宗 門 この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、
人々に阿弥陀如来の知恵を慈悲を伝える教団である。
それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

〜浄土真宗の生活信条〜

  • 一、み仏の誓いを信じ 尊いみ名をとなえつつ 強く明るく生き抜きます
  • 一、み仏の光をあおぎ 常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励みます
  • 一、み仏の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろめます
  • 一、み仏の恵みを喜び 互いにうやまい助けあい 社会にために尽くします

〜食事の言葉〜

食前のことば

み仏と、みなさまのおかげにより、この御馳走を恵まれました
深く御恩を喜び、ありがたくいただきます。

食後のことば

尊いおめぐみにより、おいしくいただきました
おかげで御馳走さまでした。

概要・アクセス

寺院名
浄土真宗 本願寺派 味妙寺 甘露寺
所在地
〒989-5501宮城県栗原市若柳字川北塚原427-6
TEL
(0228)32-4513
FAX
(0228)32-4857